Q57.透析患者の生命を脅かす「三大疾患」について、それぞれ透析患者がなりやすい理由と予防を教えて下さい。

2004/11/13 (Sat)
A.日本透析医学会の直近の「わが国の慢性透析療法の現況」によれば、透析患者の死亡原因の第1位は「心不全」、第2位は「感染症」、第3位もしくは第4位は「悪性腫瘍」「脳血管障害(脳卒中<脳出血・脳梗塞>)」です。これらの透析患者の死因「三大疾患」は、順位の変動はあるものの近年不動のものとなっています。  
 そこで、「悪性腫瘍」を除いた「三大疾患」それぞれについて、透析患者がなりやすい理由と予防等を次にまとめておきますので、「自己管理」の面でも参考にされて下さい。

【1】心不全
 =《透析患者がなりやすい理由》=
@尿量が減ったり無尿になると、摂取した水分や塩分はそのまま体重増加に繋がって、心臓への負担を増します。透析間の体重増加が多く、透析のたびにドライウェイト(DW)までしっかり除水できない場合には、過剰な水分を常に体内に残してしまうことになり、心臓への負担を増すことに繋がります。
A血圧の管理が悪く高血圧が長期に持続すると、心臓肥大を生じて心臓への負担が増します。
Bリンやカルシウムの管理が悪いと、心臓の筋肉の働きを障害したり、心臓の弁の石灰化から心弁膜症(大動脈弁狭窄症や僧帽弁閉鎖不全症)を生じて心不全を起こしやすくなります。
C貧血は心臓の働きを障害し、心不全を起こしやすくします。
D十分な透析(しっかり透析)を行っていない場合には、尿毒症性の心筋障害を生じる危険性があります。
E糖尿病や高血圧・高脂血症・喫煙歴のある人、高齢者は動脈硬化が進行しやすく、虚血性の心臓病を生じやすくなっており、狭心症や心筋梗塞等の虚血性心臓病は心不全の大きな危険因子となります。
=《予防》=
@うっ血性心不全の症状は、呼吸困難・起座呼吸(横になると苦しくなるため、座った状態でないといられない)・全身浮腫ですので、こうならないように、特に体重が最も多くなる中2日の週末がら週明けにかけてが最もうっ血性心不全を生じやすいので、週末は体重を極力増やさないことが大事です。
A体重の適切な管理や血圧の管理、食事での塩分やリンのコントロール等、「自己管理」をしっかり行なうとともに日常医療側からも十分な透析効率を確保してもらうことで、心不全の危険をかなり軽減することができます。

【2】感染症
=《透析患者がなりやすい理由》=
@食事制限や透析膜からの栄養素の漏出による栄養状態の不良
A細菌等に対する白血球機能の低下
(考えられる原因:リン・カルシウム及び鉄の代謝異常)
B糖尿病患者の増加
(考えられる原因:血糖値のコントロール不良による抵抗力の低下)
 尚、透析患者に起こりやすい感染症としては主に次のような疾患が考えられ
 ます。
 ・尿の停滞(尿量減少、無尿)による尿路感染症
 ・皮膚乾燥症やかゆみ、血行障害等による皮膚感染症
 ・肺炎等の気道感染症
 ・腸内細菌叢の変化による消化管感染症
 ・内シャントや腹膜透析用カテーテル出口部等の感染症
 <参考>「腸内細菌叢」とは?
 腸内細菌は百種類以上百兆個も住んでいると言われています。それらは「腸内細菌叢(腸内フローラ)」と呼ばれ、同じ種類の細菌同士が群生しています。善玉菌が優性のフローラであれば、健康が維持され、悪玉菌が優勢の時には体調が悪くなります。
=《予防》=
@身体の清潔に努めましょう。皮膚の小さな傷も重大な感染症にかかる原因となります。
A外出後のうがい、手洗いを確実に行いましょう。気道からの細菌混入に気をつけましょう。人ごみではマスクの着用をお勧めします。
B食事指導に準じ栄養バランスのとれた食事を摂取しましょう。塩分・カリウム・蛋白質等制限が必要な栄養素は多いですが、制限範囲内では、良質で十分な栄養素を摂取するよう心がけましょう。また、過度な栄養制限も栄養不良を起こす引き金となりますので、食事につい不明な点があれば栄養士・看護師・ドクターにどんどん聴きましょう。
C十分な透析治療を受けましょう。透析不足による過度の尿毒素の蓄積は、白血球機能の低下を引き起こします。(頻回・長時間・高血流透析等)
D身体の傷・咳・発熱・尿の混濁等体調に変化を自覚したら、早めに主治医の先生に相談しましょう。早期発見・早期治療は感染症治療に重要です。
 尚、「わが国の慢性透析療法の現況」では、感染症の中に「肺炎」がどれだけの比率を占めるかは不明ですが、少なくない数字であろうと推測されます。
 昨今、「インフルエンザウイルスワクチン(IVV)」のみならず、「肺炎球菌ポリサッカライドワクチン(PPV)」の予防接種がメディアを通じ広く知られるようになりましたが、「PPV」は現在、脾臓摘出者のみが健康保険の適用であり、慢性呼吸器疾患患者や腎不全患者への肺炎予防のための健康保険の適用はありません。血液透析患者への「PPV」接種は、肺炎発症の予防に関し限界も多少ありますが、非接種時の肺炎発症の際の多大な医療費コストの点を考えるとその接種が患者本人のQOL維持という点だけでなく、医療経済的にも有用であるのは間違いのないところです。できれば、厚生労働省には「PPV」接種の保険適用を、脾臓摘出者と同じように、免疫低下者である血液透析患者(特に65歳以上の高齢者)にも拡大してもらうことを切望するところです。
 ついでにここで、腎不全患者のインフルエンザ治療について、そのポイントを説明しておきます。
 透析患者をはじめ腎不全患者のインフルエンザ治療についても、早期に診断し、抗インフルエンザ薬による治療と感染の拡大防止が重要です。即ち、従来の安静・解熱薬の投与といった対症療法から、迅速検査を実施して、作用機序の異なる2種類の抗インフルエンザ薬を投与するという診療に変わってきています。2種類の抗インフルエンザ薬とは、一つは、「ノイラミニダーゼ」を阻害し感染細胞からウイルスの放出を阻害する「オセルタミビル(タミフル)」と、二つ目は、細胞膜蛋白のM2蛋白の働きを阻害しウイルスの細胞内での増殖を阻害するM2蛋白阻害薬の「塩酸アマンタジン(シンメトレル)」があります。
「塩酸アマンタジン(シンメトレル)」は、A型インフルエンザのみに有効ですが、「オセルタミビル(タミフル)」は、A型のみならずB型にも有効であり、両剤とも治療と予防の効果が認められています。<但し、「オセルタミビル(タミフル)」は、予防薬としては健康保険が適用されません。>
 このような抗インフルエンザ薬は、インフルエンザ発症後48時間以内での投与で効果が認められるため、発症後48時間以降では対症療法や合併症の治療を行うことになります。また、「塩酸アマンタジン(シンメトレル)」は、中枢神経系や消化器系への副作用があり、耐性ウイルスを生じやすいという欠点があります。一方の「オセルタミビル(タミフル)」は、健腎者では1回75mg(商品名:タミフルカプセル75)を1日2回、5日間経口服用するとされていますが、血液透析患者と腹膜透析患者では75mgの単回投与により、5日間にわたりインフルエンザウイルスに効果を示す薬剤の濃度を維持することが報告(腹膜透析患者では副作用<吐き気、嘔吐、腹痛、下痢などの胃腸症状等>を考慮すると30mgの単回投与で十分)されています。いずれにしても、私達透析患者がインフルエンザにかかってしまったら、上記のことを踏まえ、主治医の先生にその使用量を含め適宜適切に対処・薬剤処方をしてもらいましょう。それから、何と言ってもインフルエンザの予防は、「ワクチン接種・マスク・手洗い・うがい(水、紅茶、お茶が良い)」の4点セットが基本です。また、透析患者は免疫力が低下しており、血液透析施設では多数の患者が同一室内で治療を受けるため、インフルエンザに対する感染対策は極めて重要であることを透析患者それぞれが厳しく認識しておきましょう。
 <参考>ノイラミニダーゼ阻害薬
インフルエンザウイルスは、呼吸気道細胞に進入する際、ウイルス表面のヘマグルチ二ンと細胞表面にあるシアル酸が結合し、細胞内にエンドゾームとして取り込まれる。その後、細胞内で複製された新しいウイルスは細胞から出芽し、放出される。ノイラミニダーゼは、ウイルスの増殖サイクルに必須な酵素で、シアル酸を破壊することによりウイルスの遊離を促進する。オセルタミビルは、このノイラミニダーゼに特異的かつ強力に結合することにより、その働きを阻害する。インフルエンザA型とB型のノイラミニダーゼは構造的に似ているため、オセルタミビルはA型とB型ウイルスの増殖を阻止する。
 【追記】
平成18年2月10日のマスコミ報道によれば、これまでスイスの製薬メーカーからの輸入(「中外製薬」が国内販売)にたよっていた「オセルタミビル(タミフル)」は、2年後に「中外製薬」が国内生産・販売とも行うことになり、安定供給の道ができる可能性があるとのことです。
 さらに、平成18年2月25日付の「日本経済新聞」朝刊によれば、東京大学は、インフルエンザ治療薬「タミフル」を植物原料でなく石油から化学的に合成することに成功したとのことです。「タミフル」は出現リスクが高まっている新型インフルエンザにも効くとされ、各国で備蓄が進んでいます。安定供給できる新技術として今後実用化が期待されます。「タミフル」は現在、スイスの製薬大手「ロシュ」が独占製造しており、中華料理にも使われる植物の実である八角に含まれるシキミ酸という物質を原料に、化学反応を10回経て作られています。従って、短期間で大量生産するのが難しく、天候不順などで原料が不足する恐れがありました。これに対して、東大の柴崎正勝教授らは石油から生成する「1、4―シクロヘキサジエン」という安価な物質から特殊な触媒を使い「タミフル」を合成しました。製造途中でシキミ酸を経ないため、「タミフル」に耐性を持つウイルスが出現しても新薬を作れる可能性があるとしています。新製造法の実用化を目指し、「ロシュ」と今後話し合う予定だそうです。
 【追記】「日和見感染」とは?
腎不全や抗癌薬治療中あるいは腎移植等で免疫抑制薬投与中等で身体側の防御能力が低下している状況下、普段何でもない細菌やウイルスに感染して発病してしまう感染症を「日和見感染」と言います。

【3】脳血管障害(脳卒中<脳出血・脳梗塞>)
=《透析患者がなりやすい理由》=
@脳出血の最も強力な危険因子は高血圧です。透析患者の脳出血は、50歳以下の比較的若く高血圧の治療が不十分な人で多い傾向があります。
A脳梗塞の原因は動脈硬化症で、その悪化にも高血圧が大きくかかわっています。動脈硬化症は加齢に伴う生理的な変化ですが、透析患者では変化が著しく、動脈硬化症の進み具合が早いと考えられています。
B透析患者の脳出血や脳梗塞の原因となる高血圧は“水”(=生理食塩液:0.9%食塩水)の貯留がかかわっています。風船がパンパンになっている状態を想像してみて下さい。
=《予防》=
@脳出血や脳梗塞の原因となる高血圧の治療は、何と言っても“水”の貯留を改善することが基本で、それでも血圧が高いときに、血管を拡張させて緊張を和らげる降圧薬を使います。繰り返しますが、脳出血にしても脳梗塞にしても、これら脳卒中を予防するには“水”の貯留を最小限にして除水を極力少なくすることが大事であると改めて肝に銘じましょう。
A自分の動脈硬化症がどの程度か、どの部分でひどいのか、脳へ通ずる動脈ではどうかなどを、血管超音波検査等で調べてみましょう。首の動脈(頸動脈と椎骨動脈)に狭い部分やつまっている箇所があれば、手術の必要性があるか、手術しても大丈夫かなどを慎重に考える必要があります。手術ができない場合は、透析中・透析後・立位姿勢・降圧薬等による血圧の低下が最小限に留まるよう透析の方法を工夫し、血圧の低下を防止する薬剤を選択をする必要があります。1日血圧を検査して、どのようなときに血圧が極端に下がっているかを知り、その状態を避けることも大事です。しびれ・ろれつがまわらない・手足の運動が不自由になったときなど、自分の症状を早め早めに知らせることも大事です。発見が早いと、つまった血栓を取り除く治療や溶かす治療法等があり、有効性も確かめられています。


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